企業におけるITセキュリティは、事業継続と企業価値を守るための最重要課題の一つです。
しかし、セキュリティ規約が経営方針や社内環境と乖離した形で承認されてしまうケースは少なくありません。
これは、企業に重大なリスクをもたらし、投資対効果の低下、セキュリティインシデントの発生、そして企業全体の信頼失墜につながる可能性があります。
この問題の根本原因は、決済者が規約の内容を十分に理解できていないことにあります。
本稿では、この問題の詳細を深掘りし、具体的な解決策を提示することで、経営陣とIT部門の連携を強化し、効果的なセキュリティ体制を構築するための道筋を示します。
特に、決済者とのコミュニケーション不足に着目し、具体的な改善策を提示することで、企業におけるセキュリティガバナンスの強化に貢献します。

成功するセキュリティ規約策定のための決済者へのコミュニケーション術_1

現状とその影響

決済者とIT部門の間に存在するギャップ

セキュリティ規約の承認プロセスにおける課題は、単なるコミュニケーション不足に留まらず、複数の要因が複雑に絡み合って発生しています。
これらの要因を複合的に理解することで、より効果的な対策を講じることが可能になります。

決済者の専門知識の不足と誤解

決済者は通常、経営層や役員であり、ITセキュリティに関する深い専門知識を有しているとは限りません。
そのため、規約に用いられる専門用語や技術的な概念を十分に理解できない場合があります。
例えば、「ゼロトラスト」「多要素認証」「暗号化」「EDR(Endpoint Detection and Response)」「SIEM(Security Information and Event Management)」といった用語が具体的に何を意味し、企業にとってどのような影響があるのかを正しく認識できていない可能性があります。
このような状況では、規約の真意や重要性を適切に判断することが難しく、結果として経営方針や現場のニーズとズレた規約が承認されてしまうリスクが高まります。
また、過去の経験や個人的な見解に基づいて判断してしまうことで、最新の脅威動向(例えば、ランサムウェア攻撃の高度化、サプライチェーン攻撃の増加、クラウド環境への攻撃の増加など)や業界標準(例えば、ISO 27001、NISTサイバーセキュリティフレームワーク、GDPR、PCI DSSなど)から逸脱した判断を下す可能性もあります。
この知識ギャップを埋めることが、効果的なコミュニケーションの第一歩となります。

コミュニケーション不足と情報の非対称性

規約作成者(通常はIT部門)と決済者の間でのコミュニケーション不足は、情報の非対称性を生み出します。
規約作成者は技術的な背景やリスク評価(リスクアセスメント、脆弱性診断など)に基づいて規約を作成します。しかし、その意図や背景が決済者に十分に伝わっていない場合、誤解や不信感につながる可能性があります。
例えば、ある規定が特定の攻撃を防ぐために不可欠であることをIT部門は理解していても、決済者には単なる煩雑な手続きとしか認識されない場合があります。
このような状況では、決済者は規約の必要性を十分に理解できず、承認に抵抗を示すか、形だけの承認に留まってしまう可能性があります。
この情報の非対称性を解消するために、明確で分かりやすい説明が求められます。

経営方針の不明確さと評価基準の欠如

明確な経営方針が示されていない場合、決済者はどのような基準で規約を評価すべきか判断に迷います。
セキュリティはあくまで経営戦略を支える要素の一つであり、経営目標(例えば、事業継続性、顧客データの保護、ブランドイメージの維持など)と整合性が取れていなければ、効果を発揮することはできません。
例えば、企業の成長戦略においてクラウドサービスの活用が不可欠であるにもかかわらず、セキュリティ規約がクラウド環境のリスク(例えば、データ漏洩、不正アクセス、サービス停止など)を十分に考慮していない場合、事業展開に支障をきたす可能性があります。
また、具体的な評価基準がないため、規約の妥当性や効果を客観的に判断することができず、恣意的な判断や感情的な判断に陥る可能性もあります。
経営方針とセキュリティ規約の整合性を確保することが重要です。

時間的制約と優先順位の誤り

決済者は多忙であり、多くの意思決定を同時並行で行っています。
そのため、セキュリティ規約の検討に十分な時間を割くことが難しい場合があります。
また、セキュリティは平時には目に見えにくい分野であるため、他の事業課題に比べて優先順位が低く見積もられがちです。
このような状況では、決済者は規約の内容を十分に精査することなく、表面的な確認だけで承認してしまう可能性があります。
これは、将来的に重大なセキュリティインシデント(例えば、データ漏洩、ランサムウェア攻撃、サービス停止など)を引き起こす要因となり得ます。
セキュリティの重要性を経営層に認識させ、適切な優先順位付けを行うことが必要です。

成功するセキュリティ規約策定のための決済者へのコミュニケーション術_2

解決策

決済者との連携を強化するための具体的なアプローチ

これらの課題を克服し、効果的なセキュリティ規約を策定・承認するためには、決済者との連携を強化し、相互理解を深めるための具体的なアプローチが必要です。
以下に示すアプローチは、単なる対策ではなく、継続的なプロセスとして実施していくことが重要です。

決済者への教育とトレーニング:セキュリティリテラシーの向上

決済者に対して、セキュリティの基本概念、最新の脅威動向、そして規約の重要性に関する教育やトレーニングを提供することが不可欠です。
専門用語を避けた分かりやすい説明や、事例を用いた解説(例えば、過去のデータ漏洩事件、ランサムウェア攻撃の事例など)などを通じて、セキュリティリテラシーの向上を図ります。
例えば、過去のセキュリティインシデントの事例を紹介し、企業がどのような損失を被ったのか、どのような対策が有効だったのかを具体的に説明することで、セキュリティ対策の必要性をより深く理解させることができます。
定期的な情報共有やワークショップの開催も効果的です。

経営方針の明確化と共通の評価基準の策定:戦略とセキュリティの整合性

経営方針を明確に定義し、セキュリティ規約が経営戦略(例えば、DX推進、グローバル展開、新規事業展開など)と整合していることを確認するための共通の評価基準を策定します。
例えば、事業継続性、データ保護法令遵守(GDPR、個人情報保護法など)といった観点から評価基準を設けることで、客観的な判断が可能になります。
また、経営戦略におけるセキュリティの位置づけを明確にすることで、決済者はセキュリティ投資の必要性をより深く理解し、適切な判断を下せるようになります。
評価基準は文書化し、関係者間で共有することが重要です。

定期的なミーティングと説明の場の設定:双方向コミュニケーションの促進

規約作成者と決済者の間で定期的なミーティングを設け、規約の内容や背景、そして企業への影響について詳しく説明する場を設けます。
一方的な説明ではなく、質疑応答や意見交換の時間を十分に確保し、双方向のコミュニケーションを促進することが重要です。
例えば、ドラフト段階でレビューミーティングを開催し、決済者からのフィードバックを反映させることで、より実効性の高い規約を作成することができます。
会議の議事録を作成し、後で参照できるようにすることも有効です。

フィードバックと修正のプロセス:継続的な改善

規約のドラフト段階で決済者からフィードバックを得て、必要に応じて修正を加えるプロセスを確立します。
このプロセスを通じて、決済者の意向を反映させると同時に、規約の内容に対する理解を深めることができます。
また、規約の運用後も定期的に見直しを行い、必要に応じて改訂していくことで、継続的な改善を図ります。
変更履歴を管理し、変更内容を明確に記録することが重要です。

外部専門家のサポート:客観的な視点の導入

必要に応じて外部のセキュリティ専門家を招いてサポートを受けることも有効です。
専門家の客観的な視点を取り入れることで、規約の品質を高め、最新の脅威動向や業界標準(例えば、サイバーセキュリティフレームワーク、脆弱性情報データベースなど)に準拠した内容にすることができます。
また、専門家が決済者に対して直接説明を行うことで、より専門的な内容を分かりやすく伝えることができます。
専門家の選定は、実績や専門性に基づいて慎重に行う必要があります。

可視化と定量化:情報に基づいた意思決定の支援

セキュリティリスクや対策の効果を可視化し、定量的なデータとして提示することで、決済者の意思決定を支援します。
例えば、リスクアセスメントの結果(リスクレベル、影響度など)や、過去のインシデント発生状況、セキュリティ対策の導入効果などをグラフやチャートで分かりやすく示すことで、セキュリティ対策の必要性や優先順位を明確に伝えることができます。
KPI(Key Performance Indicator)を設定し、定期的に進捗状況を報告することも有効です。

成功するセキュリティ規約策定のための決済者へのコミュニケーション術_3

まとめ

セキュリティ規約が経営方針や社内環境と一致する形で承認されるためには、決済者の理解を深め、IT部門との連携を強化することが不可欠です。
教育とコミュニケーションを強化し、共通の評価基準を持つことで、効果的なセキュリティ体制を構築することができます。
特に、決済者への教育、経営方針の明確化、定期的なコミュニケーション、フィードバックプロセスの確立、外部専門家の活用、そして可視化と定量化は、成功への重要な鍵となります。
これらの取り組みを通じて、企業はセキュリティに伴うリスクを最小限に抑え、事業の成長と継続を支える強固な基盤を築くことができるでしょう。
雛形に頼るのではなく、自社の状況を十分に考慮し、関係者全員が納得のいく規約を作成・運用していくことが、真のセキュリティ強化につながります。

現代のビジネス環境において、セキュリティは単なるコストではなく、競争優位性を確立するための重要な投資であることを、経営陣とIT部門が共有することが求められます。

本稿で提示した戦略を実行することで、企業は変化する脅威の全体像に対応し、持続可能な成長を実現するための強固なセキュリティ体制を構築することが可能になります。
ITセキュリティ規約の承認プロセスを最適化することは、企業全体のセキュリティ体制を向上させるための重要なステップです。

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